命運という名の枷





薙(な)ぎ払った後に残るのは、命運という名の枷(かせ)。



妖刀を持っているという自覚が五右ェ門にはあった。それは手指にひたと貼り付いて一分の隙もなく刃先からの震動を拾う。本来振り切った後に揺らぎがあってはならず、またそれを繰り出す場合も同じだった。鍔(つば)の無い仕込み杖のような鞘(さや)から柄を滑らせるように引き出し、柄と刃を固定している目釘を抜く。この目釘は刀を振るう者の命(めい)を携えているといってもよかった。ここに緩みや歪みが生じれば、持ち主の一瞬先さえも預ける事は叶わない。その綺羅が導びかれる軌跡は怠ったそのままに描かれ、跳ね返って、持ち主を分断する。

それは敗を喫するといった生易しいものではない。

内曇舐(うちぐもりと)という打ち粉には僅かながら金属を研磨するものが含まれている。五右ェ門は脇に広げた懐紙から親指の先ほどの綿帽子のようなものに少々つけると、刃先からほぼ等間隔に粉を置くようにしていく。それが終わると光源の下で刃面(おもて)を翳すようにする。刃紋という鉄の部分から薄くなっていく刃先への傾斜にかけての模様が波打つように浮かび上がり、蒼を含む鉱物なのだという事をまざまざと見せつけられる。それは地鉄の鈍色とあいまって、綺と羅を同時に併せ持つものとしての存在感を増す。

紅という色を覆い隠すかのようにそれは在った。

赤という色が押し上げる温度を払拭するかのように、冴え冴えと一点の曇りすらも許さぬように。


薄く油を刷け、目釘を締め、柄を握る。鞘に沿ってその蒼が吸い込まれるように収まると、五右ェ門はたった今はじめて息を吐いたといった風な貌を見せた。

「よぉ、終わったな」

「茶でも煎れよっか」

空間に響くのはそれまで気遣って此処に溶け込むかのように気配を消していてくれた二人。故あって五右ェ門はこの二人と行動を共にするようになった。それまで歩んで来た道に交錯してきたのがルパンであって、それより前にもそのような輩が居たとしても五右ェ門の見据えている先には及ばない者だったといってもよい。


『何故、斬る?』

『知れたことを』


覇者というものが何なのかを追い求めていたのかもしれなかった。行く先に覇者はおらず、かといって己がそれに成り代わるのでもなかった。何に価値を見出すかという信念とも呼べるものを別の観点から眺めるという事を強要させた男。

強要という中には己の心の在り処は含まれていない。その言葉を使う事で五右ェ門は唯一の逃れる術を手に入れようとしていた。それは何かを暴きたてられようとしているという驚愕に、流れ出てしまうものを防ぐかのようだった。

葛藤は己の胸骨の奥を抉(えぐ)り、そこに言い知れぬような色の血を見た。

悪しきものが滞っていたかのように、塊となってそれは落ちた。

人は臓器に血が入った場合、自然の摂理で吐き出すという欲求が起こるという仕組みに出来ている。本来受け入れられないものは排除する。それすらも意識下に留め置いたままに五右ェ門は時を過ごして来た。
あるいは、それは五右ェ門がこれまでに有から無へと還したものの断末魔が、少しずつ積み重なり痼(しこ)りとなって残されたものだったのかもしれない。意識下に在ったという事は、そこを斬り開かねば己自身もそれが何なのかを知り得なかったという事だった。

知る事によって何が見える、とルパンが問うた。


今ならばわかる。

斬るという行為は相手の命運を絶つと同時に、己の命運に枷をつけていくものだという事を。


赦されようなどとは思っていない。許しというものはそれを与える対象物がある場合で、崇めるべきものは五右ェ門には無かった。後悔という名すらも付ける事は許されぬ感情は、五右ェ門自身が噛み砕いて消さねばならないものだった。ねじ伏せたものは静脈を巡って血流を押し上げ、そこに見つけてはならない感覚をもたらす。

蒼光りする刃が吸い込まれるように前へと疾走り、ともすれば五右ェ門の感情の一切をさらうかのように動く。それを振るう時、五右ェ門は斬鉄剣と対峙しているのだと。柄を握る手からあってはならない悦という名の震えがくるのを、己の全てをもって打ち砕く。


この刀とどこまで行けるのか。

生けるうちにこの刀を置く事はないのだろうと。

ならば。


己がこの刀に連れていかれるのではなく、己がこれを連れて行く。
その情念ともいうべきものに呼応して、鉄をも斬る刀は五右ェ門の裡(うち)に在る。








大々的なお祭りに参加させて頂いているという事実に心臓バクバクです。
五の人が何をもって剣を手にしているのか、その断片を投げたらこうなりました。
拙いものにお付き合い頂きありがとうございました。


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