ある男の場合




安っぽい電球の傘の下には煙った小さな空間が横たわっていた。
光源に背を向けて、ある人物が長電話をしている。その風貌はどう見てもしっとりとあでやかな女だった。しかし、その見かけにそぐわない男の口調。仕草も表情もまぎれもなく男のそれである。
不思議な人物、名をバズといった。
そばのベッドには少し乱れたシーツと毛布。バズはうまそうに煙草をふかす。

「………」

しばらく黙って受話器を握っていたバズは、クスリと笑って煙草を持ち替えた。

「フフ…夕べは…燃えたな。もうすっかり枯れちまったかと思ってたけどよ、可愛いとこあるな、まだ。久しぶりだったぜ、お前のあんな声」

部屋をノックする音がしたがバズは無視する。可笑しそうに忍び笑いをもらしながらゆったりと紫煙をくゆらせていた。
応答がないまま鍵のかかっていないドアを開けて入ってきた男がいた。
ルパンである。

「バカヤロー…そんなワキャねえだろ…もう少し女磨いとけ。そしたら今度逢った時もっと泣かせてやる」

バズはわかっていたのでちらりとルパンを見た。ルパンが話を早く終わらせろのサインを出す。

「ああ…ああ。じゃあな」

バズは愛しそうに受話器にキスをした。電話を切って初めてルパンに気がついたかのようにわざとらしく目を見開く。

「よォ」
「なーんだよ、またオンナか」
「無粋だねーズケズケと」
「おー、オンナ臭え〜」
「後ぎぬの朝ってやつよ、悔しいだろ?」

バズは冷蔵庫からゆで卵を出し、マヨネーズをつけてかじる。

「誰だ、誰だ。サリーか、ジュディか、ヘレンか」
「ノン。マルシア」
「わああ」
「彼女はなあ、いいぞー。悦びの深いたちで」
「えっ、それってそのままのカッコで?」
「はん?」
「そのままのカッコでしたのかよ、マルシアと」

バズの風貌は女であったので、ルパンの頭に思わずよこしまな想像が広がった。
実はバズの体は他人のものだった。心は本人のものだったのだが、ある事情から中身が本来の彼自身の体へ戻れなくなり、こういった妙な現実を余儀なくされているのだった。もともと「黄金の棺」を盗もうとルパンが振った話が発端だったのだが、思いがけない「とばっちり」を食ったバズのために、何とか知恵を絞ろうと訪れていたのだ。

「誰のせいだと思ってやがんだ、ルパン?しょうがねえだろ、男の皮、どっか行っちまってんだから」
「わァ、スゲエ、レズってるみてェ。ああ、見てみたかったな、真っ最中」
「バーカ」
「都合悪いんじゃねえの?」
「別に…。キスだけだって営みのうちだよ」
「フーン…で、首尾は?」
「そうねえ、こんな感じ?」

バズはマヨネーズを指ですくって舐めた。

「おおおおおお」
「オレがこんな体でもいいって言ってくれる可愛い女たちだよ…オメエは不自由してるみてェだな、最近」
「フン、おかげさんで」
「メシは?」
「食ってねえ」
「コーヒーならポット。あと、豆のスープとサラダはそこ。ちょいと冷めてるが、トマトのオムレツならそこ。ロールパンならあっち」

バズは冷蔵庫、フライパン、トースターを順に指し示した。

「相変わらず、食うことに関しちゃマメだな」
「バカヤロ、食う、寝る、ヤるは生活の基本よ。おろそかにしてどうするよ?」
「女に関してもなあ。このオレが舌ァ巻くくらいで…」
「あのな、食うこととセックスは同義よ。表れるもんなの。食いもんの好みがそいつの女の好み。食いもんを粗略にする奴は女の扱いも雑よ」
「ハハッ、言えてるな。まず、目覚ましもらうわ」

ルパンはコーヒーのポットを手にした。
バズはベッドメイクをしにかかった。そんなバズを見ながらルパンの下心が蠢く。

「そうしてると、まるで女だよな」
「………」
「お前がホントに女なら、今ここで一太刀交えるんだがな」
「趣味の問題よ、結局」
「ハハハッ、違えねえ。オレはあいにく持ち合わせてねえや」
「ほんじゃ、そろそろ無駄話はこれくらいにしてだな…」

バズはルパンを向き直った。

「で?その後の情報は?」
「オメエの大事な体はヨ、気の毒だが、4日後にゃ荼毘に伏される運命だぜ」
「マジかい」
「っつてもサ、急場しのぎだったとはいえ、このカラダもずいぶん馴染んできたんでないの?何もムキになって取り戻さんでも」
「冗談言うなよ!一生このカラダでいろってのかよ。使いづれェんだよ、全く。だいたいテメエがどっかの発明家がこしらえた妙な機械でオレの体からナカミだけ引っこ抜いてこの女の体に入れたんだろ!オレはあの時急場ってことで承諾したんだぞ。絶対元通りにするって約束でだ」
「まあ、あの霊安所にあった死体の中じゃ一番マシだったからナ。何だよ、不服かァ?わりといい代物でしょうが。おッ、結構胸もある」
「ふざけんなよ!」

バズを背後からスッと抱きしめたルパンは、男の腕で力任せに張り倒された。

「イテテテ…けどよ、そのおかげでオメエはエージェントに殺されずに済んだろ?体だけのオメエを蜂の巣にして、ミシルシ頂戴〜って気勢あげてたマヌケども出し抜いてサ。元はといえば、あの時オメエが配線一本見逃してたのがケチのつき始めだったんだぜ。まったくあン時ャ、スリル満点だったんだかんな」
「だーからー。言ってんだろ、取り返してくれって」
「だけどなあ…何だってまた足がついちゃったのかね、オレ?」
「そら、連中にだって情報網っくらいあんだろう」
「クッソー。しかしよ、オメエまた殺し屋送られるようなハデなことしでかしたんでしょーが。今度は何に手ェ出した?」
「言いたかねェ」
「おっお、ライフセーバーに対してお言葉だね」
「教えて欲しけりゃ約束守りナ。でなきゃ、今度の話はチャラにさせてもらうぜ」
「わーった、わーった。あの銀行のセキュリティーはどうしても解読したいからな」

窓の外で車がパッシングして合図した。

「おゥ、時間だ。次に来るまでに考えとくぜ、バズ。オメエの体がバーベキューにされるまでに取り返してやっからよ。けど、実際どうやって返してもらうかなあ。なんか名案ある?」
「知るかよ、バカ。オレは今抱えてる仕事で手一杯」

バズはナショナル銀行に新しくできたセキュリティーシステムの回路図を示して言った。

「こんな体じゃァ、仕事がやりにくくっていけねえ。頼むぜ、ルパン」
「わかった…でも黙ってりゃほんとにいい女なのにな。わかってんのに興奮してくらァ」
「よせったら!」

ルパンはあけすけに笑い飛ばしながら、バズの部屋を後にした。

車の中では、次元が唇が焦げそうなほど短くなった煙草を弄んでいた。

「よォ、待たせたな。次元」
「今度はどういう女だ、ルパン?」
「な、いい女だろ、見かけは。あいつ、ああしてて男なのよ」
「何ッ?」
「いろいろややこしい事情があってナ」

次元は走り去りながら窓辺を振り返った。

「オメエの知り合いにゃ、変わった奴がいるんだな…」
「さあ、行くぜえ。皮ァ、取り返しにーッ」

目指すは某大学病院・地下奉安室。ルパンは東に向かってアクセルを踏んだ。






「闘」第三弾。闘いと闘いの谷間の風景を切り取ってみました。 十数年前のチョコチョコメモが出てきたのがきっかけで発作的に書き下ろしたものです(笑)。 本作はまさに切り取った「ひとコマ」に過ぎない情景ですが、そんな中に生き様やスタンスがちらりと表現できれば、と書いてみました。 が、やはり短編は難しかったです。 気まぐれショートにお付き合いくださりありがとうございました。

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