ルパン三世の命を狙っている者は星の数ほど存在する。
 しかしながら、未だかつて成功した者は誰一人として存在しない。
 幾多の危険に晒されながらも、必ず最後に生き残るのは彼である。
 どんなに凄腕の殺し屋だろうと、どんなに強大な組織であろうと、彼を殺すことは不可能だ。
 何故ならば、彼は世界一の強運の持ち主であり、世界一のガンマンを相棒に持ち、世界一の侍を仲間にしている。
 下手に手を出そうものなら、たちまち返り討ちに遭うのが関の山、命があればめっけもの。
 彼を殺そうと企む者は、身の破滅を覚悟しておかなければならない。
 裏の世界に生きる者ならば、誰でも知っている常識である。
 触らぬ神に祟りなし。我が身が可愛ければ、彼らに下手な手出しをしなければよいのだが、世の中には命知らずの馬鹿が多いらしい。
 余程ルパンが憎いのか、それとも自分は今まで失敗してきた奴とは違うと信じているのか、とにかく彼の命を狙う者は後を絶たない。
 そして中には、こんな風に考える者もいたりする。
 世界一のガンマン・次元大介ならば、ルパンを殺せるだけの技倆(うで)を持っている。
 ならば奴にルパンを裏切らせれば簡単ではないか──と。
 


foolish threat

 

 ある日の昼下がり、煙草が切れた。
 ヘビースモーカーの次元にとって、煙草は帽子と銃と同じくらいの必須アイテムである。常にポケットの中に入っていないと、どうも落ち着かない。しかも、ないときに限って無性に吸いたくて堪らなくなる。
 部屋で調べものをしているらしいルパンに一応声をかけて、次元は煙草を調達しに出かけた。
 愛用ののペルメル・スーパーロングをたっぷり買い込んで、いそいそと煙草屋を出たところで、いきなり六人の男達に取り囲まれた。
 見るからに堅気ではない臭いをぷんぷんさせた男達は、おもむろに次元に銃を突きつけると、「一緒に来てもらおうか」とのたまった。
 六対一とはいえ、次元の瞬発力をもってすれば、彼らが引き金を引くよりも早く、ベルトからマグナムを引き抜くことも可能だったろうが、生憎と場所が悪かった。
 人通りの多い街中で派手に銃撃戦をやらかすのはまずい。次元の弾が一般人に当たることはまずないが、この男達の弾は何処に飛んでいくかわかったものではない。怪我人はおろか、死人が出る恐れもある。善良な堅気の皆様を出来るだけ巻き込まない──それがルパンファミリーのモットーである。尤も、あくまでも「出来るだけ」であって、巻き込む時はとことん巻き込んでいるのだが。
(仕方ねぇな)
 次元は小さく溜息をつくと、早々に抵抗を諦めた。
 煙草の袋を持ったまま、大人しく両手を上げる。取り合えず人気のないところに連れて行ってくれれば、いくらでも反撃出来る。そう考えてのことだ。
 しかし、男達もそう簡単に次元に反撃のチャンスを与えはしなかった。その場で背後に立った男が次元のベルトからマグナムを引き抜き、銃把で彼の首筋を殴りつけたのだ。
 急所に強かな打撃を受けて、次元は即座に気絶こそしなかったものの、大きくよろめいた。前のめりになったところに、再びマグナムの銃把が振り下ろされる。
 次元の手から、煙草の入った袋が滑り落ち、次元は意識を失った。



(……いってぇ)
 目を覚ますと、そこは薄暗い倉庫のような部屋だった。
 ダンボールや台車などが無造作に置かれ、薄汚れた床には埃が溜まっている。
 その部屋の真ん中辺りの柱に次元は括りつけられていた。部屋には誰もいない。自分ひとりだけだ。おそらく、気がつくまでは放っておこうということなのだろう。
 殴られた首筋がずきずきと鈍い痛みを訴え、次元は僅かに片眉をしかめた。こきこきと首を左右に傾けて、痛みをやり過ごす。
 括りつけられた柱に身体を預けて、大きく息をついた。
(あ〜あ……ざまぁねえな、ったく)
 自嘲的に内心で呟く。こうもあっさり囚われの身となってしまう自分が情けない。
 折角買った煙草も全部パアだ。あの連中がご丁寧に拾って持ってきてくれているなんてことはあり得ないから、善良な通行人に落し物として警察に届けられてしまうのがせいぜいだろう。
(さてと……どうしたもんかね?)
 こんなところに長居は無用だ。さっさと脱出するに限る。ルパンが助けに来るのを待つという手もあるが、それでは芸がないし、ただ助けを待つだけというのは、有能な相棒としてはちと情けない。それに、後で恩に着せられるのも癪である。
 ここは自力で何とかするか、と軽く心に決めた時、錠前を開ける音がして、入口の扉が開いた。薄暗かった室内に、急激に光が満ちる。眩しさに目を細めながら、次元は入ってきた複数の人影を仰ぎ見た。
 先程、街中で彼を拉致した六人が次元を取り囲み、その後から新たな人影が進み出た。どうやらこの男がリーダーらしい。尤も、この男もまた、更に上からの命令で動いているのだろうが。
「手荒な真似をしてすまないね。まあ、楽にしてくれたまえ」
「この状況で、どうやったら楽に出来るのか、教えてもらいたいね」
 口の端に皮肉げな笑みを浮かべて応えた次元に、男は眉をひそめた。どうやらこの虜囚は、自分の立場というものがわかっていないらしい。
 自分の優位を見せ付けるかのように、男は傲然と次元を見下ろした。整った顔つきをしているが、どこか爬虫類めいた雰囲気を漂わせている。どう見ても堅気の人間ではない。
 取り合えず次元はこの男の出方を見ることにした。どういうつもりで自分を攫ったのか、聞くだけ聞いてやろうと思ったのだ。
「君にやってもらいたいことがある」
 次元は片眉だけ動かして男を見つめた。聞きたいことではなくて、やってもらいたいことときた。てっきり、ルパンの弱点を教えろだの、ルパンの隠し持つお宝の場所を教えろだの、そういうことを聞かれるのだとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「君の銃の腕は世界一と言われているそうだな。その腕を見込んで、仕事を依頼したい」
 次元の目が一瞬だけきらりと光った。銃の腕を見込んで、となれば、仕事内容は殺しに違いない。次元が凄腕の殺し屋として名を馳せていたのは、もう随分昔の話だと言うのに、未だに仕事を持ち込んで来る馬鹿がたまにいるのだ。
「生憎だが、俺は殺し屋はとっくに廃業したんだ。仮にも裏の世界の人間なら、それくらい知ってろよ」
「勿論知っているとも。しかし、この仕事は多分、君でなければ出来ない仕事だ」
 もったいぶる男に、次元は嘲弄で応えた。
「へえ? お前さんたちのようなド素人では到底しとめられないような大物がターゲットって訳かい」
 男のこめかみがぴくりと引き攣った。虜囚のふてぶてしい物言いに、いきり立った部下が次元の額に銃を突きつけ、引き金に指をかける。が、次元は動じなかった。
「おいおい、俺を殺しちまってもいいのかい? 誰を殺りたいんだか知らねぇが、その誰かは俺でなければ殺れないような奴なんだろう?」
「不本意ながら、そのとおりだ」
 男が部下を制して、銃口を下げさせた。 次元の言い草は気に入らないが、今はまだ殺すわけにはいかないと言うことなのだろう。渋々ながら引き下がった部下を押し退けるように、男は更に進み出た。
 胸ポケットから写真を一枚取り出し、次元の鼻先に突きつける。
「殺して欲しいのは、この男だ」



 そこには、次元のよく見知った顔──ルパン三世の姿が写っていた。



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