解錠不可 〜Confidential Door




【景一 10:00 p.m.】

「だから何度言えばわかるのだ。私は断じて協力などしない!」

担川(にながわ)教授は怒りに頬を紅潮させて机を叩いた。
「そんな強がりを言っていられるのも今のうちです。背反する意見があろうとも、我々はいずれこの方向に動かざるを得なくなるでしょう。組織とはそうしたものです。そのことは教授ご自身が一番理解なさっているはずですが?」
オフィスのソファに腰をおろして足を組んだ副総裁は、挑発するように落ち着き払っていた。
「馬鹿な。私の研究は組織をいたずらに肥大させるためにあるのではない。ましてや死の商人に成り下がるなど、御免こうむる」
「…そうですか…」
副総裁はカップに残ったコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「残念ですな…しかし、この計画は教授のお力添え無しには成就しません。日を改めてまたお願いに上がることにしましょう」
副総裁はサングラスをかけ、葉巻に火をつけた。
「何度来ても無駄だ。私の気持ちは変わらない。上層部に周知させておけ」
教授は迷惑そうに退室をせきたてた。副総裁は煙を吐きつつ、背を向けたままで教授に通告した。
「ですが、計画の発動にはおのずとリミットがあります。そのことはどうかお忘れなく」
客人を送り出しドアが閉まると、担川教授は短くつぶやいた。
「いよいよ、私を放っておけなくなったようだな…」

担川教授は意を決したように踵を返しデスクの裏にあるボタンを押した。
すると本棚が数メートル部屋の奥へ下がり、半透明のトランスポーターが現れた。教授は無言で乗り込みフロア24のボタンを押す。

科学省・医療アカデミーの24階には省に割り振られた予算金庫のほかに、もうひとつ機密レベルのセキュリティーに守られた重要な金庫があった。公にできない金。その額は国家予算並みだった。担川教授がその「黒金庫」の存在を知ってから2年になろうとしていたが、教授はあえて口を拭って見て見ぬ振りをしていた。
「黒金庫」を牛耳っているのは、アカデミーの上層部であった。その中にある「裏金」。もうとっくの昔に、上層部は厚生事業を隠れ蓑に裏で荒稼ぎをする闇に手を染めていた。内乱や戦争が勃発している国へ細菌兵器や化学兵器を売りつけては私腹を肥やしていたのである。
担川教授は、自分の細菌研究が兵器として悪用されていた事実に愕然とした。その時から、言いようのない怒りをずっと胸に秘めてきたのであったが、この日ついに彼は反撃に出た。

担川教授はフロア24の「黒金庫」の前に立った。
2年間のポーカーフェイスが功を奏し、上層部は不注意にも教授にパスワードを解読されていることに気づいていなかった。
三重にわたるロックを解除し金庫室に入った教授は、システムを起動させ金庫の解錠プログラムを書き換えた。緊急用に新たにサブ・ルーチンを張り、自分にもしものことがあったときは、自動的にホストコンピュータにウイルスを送って一切のデータを隔離する細工を施した。
「…もうお前たちの好きにはさせない…」
一連の作業を終えると教授は金庫の中を見渡した。各国との武器取引、ディスク数千枚に及ぶ詳細なデータと、裏金二十億ドル。これだけの金を地獄にまで持っていこうというなら、やってみるがいい。そして彼はひとり大きく息を吐いた。
「薫…誰にも邪魔されることなく、ここでゆっくりしなさい。お前の過去を掘り起こす者は誰もいない…」
担川教授は懐にそっとしのばせてきた小さなオルゴールを取り出した。ふたを開けると、中には一本のマイクロフィルムが納められていた。教授はそれを確認してから二、三度軽くねじを巻き、金庫室の片隅に置いて鋼鉄製の重い扉を閉め、施錠した。
更新されたパスワードを知るのは担川教授ただひとりである。

その日の夜。
ひと気のないフロア24の廊下を、しなやかな人影が音もなく走り抜ける。
廊下の曲がり角でそっと様子をうかがうと、可動式の防犯センサーが天井でクルクルと回転しながらフロア全体を監視しているのが確認できた。人影はセンサーの行動パターンを読んだあと、巧みにラインの間を抜けて難なく金庫室の入り口までを突破した。
「んふ…噂の'黒金庫'ちゃん♪」
フェイス・スーツの口元を開いてルパンはニッと笑みを洩らした。第一の扉をカードキーで開け、第二の扉を失敬してきた指紋照合パターンと電子ロックでクリアした。
「さぁて、3番目〜」
ルパンは指の関節をパキパキと鳴らした。余裕綽々でPDAを第三の扉のテンキーにつなぎ、上層部からハッキングしたパスワードを転送した。あまりにも手ごたえのないセキュリティーに欠伸をかみ殺しながら。
が…。
ピピッ…。エラー音が鳴る。液晶表示には「unsuitable(アクセス不可)」の文字。
ルパンの表情から何かが消え去った。
「バカな…そんなはずは…」
何か接触でも悪かったのか…?再度試してみた。

「unsuitable(アクセス不可)」
「unsuitable(アクセス不可)」
「unsuitable(アクセス不可)」

「お…?いったい何だってんだよ」
思いがけない展開にルパンは動転した。上層部からそっくりそのまま盗み出したパスワード。よもや適合しないなどということはありえないはずだった。フェイクナンバーだったのか?いずれにしても裏をかかれたことには違いなかった。
「畜生…!」
解錠作業に気をとられた刹那にうっかりルパンの左足踵が、防犯センサーに触れてしまった。
たちまちビル中に警報が鳴り渡る。
「くそッ、雪崩れた…練り直しだ」
ルパンは即断して金庫室から廊下へ踊り出た。腕の発信機を開いて呼びかける。
「次元…!」
「おゥ、どうしたい。お宝は重いか?」
「しくじった…問題が起きたんだ。退路を確保してくれ」
いつになく切羽詰ったルパンの声に次元はしばし絶句した。
「わかった…大体の着地点を知らせてくんな」

紅いセンサーの網の中をかまわず突破したルパンは24階の長い廊下をひた走った。やがて警備員たちが駆けつけ、四方八方から包囲にかかる。
「いたぞ!」
「止まれ!撃つぞ、止まれ!」
今のルパンは応戦する気になれなかった。しくじった原因は何か?なにか見落としていたことがあったのか?驕りはなかったか?そんな屈辱がキリキリと頭を駆け巡った。
ただ走り、走り、走った。背後から発砲する連中が鬱陶しくてならなかった。
廊下の突き当りには窓があった。ルパンは加速し、肩を丸めて窓へ飛び込む。

バリィィィィィ…ン!

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