代償
「ルパン!」
一発の乾いた銃声。
崩れ落ちるルパンの左肩からはまるで花弁か羽かの様に血が舞う。
不二子は目を疑った。
こんなに簡単に倒れていくルパンの姿をかつて見たことがあっただろうか。
これがあの「ルパン三世」か・・・。
「ふ・・・じこ・・・大丈夫・・・」
「いや!もう、何も話さなくて良いから!!お願い!黙って・・・」
「そうは・・・いかねぇ・・・。すまねぇな、不二子のお気に入りのドレスを・・・」
「良いから!気にしなくて良いから!!」
「で・・・でも・・・」
顔を引き寄せ、唇で口を塞ぐ。こうでもしなければルパンはずっと、不二子の事を気にして喋り続けていただろう。
肩からの出血の量は夥しく、このままなら確実に・・・死ぬ・・・。
不二子は自分のドレスを引きちぎり傷口を止血するが一向に出血の止まる気配はなかった。
其処へ銃声を聞きつけた次元と五ェ門が現れた。
「!こ・これは一体・・・!?」
「奴を・・・其処にいた奴を捕まえて!!!」
「其処にって・・・誰も・・・」
あたりを見回す次元と五ェ門だが、もう、ルパンを撃った奴は消えていた。
「其処の!金髪で長い髪の!!」
「落ち着け不二子!俺達が探すから!」
「お願い!そいつを!」
「拙者達に任せておけ!不二子!」
「良い?捕まえるのよ?私がそいつの息の根を・・・!!」
不二子はそう言い残すと、ルパンにもたれる様に血だまりの中で気を失った。
ルパンが呆気なく倒れてしまう姿をはじめて見た不二子。
其れを見て狼狽する姿をはじめて見た次元と五ェ門。
三者三様に初めての姿に驚きながらもルパンを撃った奴への復讐心に火をつけた。
何故ルパンは撃たれたのか・・・。
不二子とルパンはあるパーティーの招待状を貰い、其処へ出席していた。
不二子が愛用するブランドの新作発表記念パーティーだった。
ウキウキする不二子をエスコートすべく、ルパンは不二子と共に出席したのだった。
発表会が滞りなく進み、パラパラと人がはけていったその時、事件は起こった。
赤外線レーダーで標的に収められた不二子を庇ってルパンは倒れたのだ。
暗視眼鏡を掛けていた男・・・それが金髪で長髪の男だった。
対外の殺し屋の顔は覚えていたものの、そいつの顔には心当たりがなかった。
不二子は情報やにルパンを狙撃した男の特徴を伝え調べてもらうと、情報屋の方にも心当たりが無いと言う。
「すまねぇな。役に立てなくて・・・」
「仕方がないわ。情報が入ったらすぐに連絡を頂戴。」
不二子は溜め息混じりで受話器を置いた。
「新顔なのかしら。それともこの地域の人間じゃないって事?でも裏の人間ならすぐに判る筈なのに・・・」
無理もなかった。
次元筋の情報屋によると、NYあたりで名が出てきた、やはり新顔の殺し屋だった。
---ジャンキー・カシス---
周りからはそう呼ばれているまだ18歳の若造だった。
ルパンを倒したと大きな顔でのさばっていると言う話を次元は行き付けの飲み屋で情報やから買った。
「子供なのね、そいつ。」
「あぁ。・・・どうする?」
「居場所は・・・いえ、手紙を届けて欲しいの。彼へのラブレターよ」
そう言うとテーブルで何やら走り書きをしてそれに封をして次元に渡した。
「これをその子に届けて頂戴。私からの最初で最後のラブレターよ、って告げてね・・・」
「・・・どうするつもりなんだ?」
次元は懐に収めながら呟く様に言った。
「言ったでしょ?私がかたを付けるわ」
「・・・大丈夫なのか?俺達が・・・」
そう言いかける次元の唇に人差し指で押さえ、ウィンクをした。
「私を誰だと思っているの?」
そう言い残して不二子は部屋を出た。
「・・・死ぬ気か・・・?」
しかし次元は止めなかった。言われた通りに手紙を渡し、次元は五ェ門と共にルパンの病室へと向かった。
ルパンはまだICUで意識が戻らないまま、眠っていた。
数々の機械がルパンの身体を、命を支えていた。
「すまねぇな、ルパン。俺達も傍に居たらこんな事には・・・」
「よさないか、次元。自分を責めるでない。ルパンの事だ。すぐに目を覚ます」
「・・・そう、言い切れるか?」
「それはお主が一番良く判っている事ではないか」
「・・・ちげぇねぇ。」
次元は五ェ門の肩をポンと叩いて喫煙所へ向かった。
ルパンの意識は丸2週間、戻ってはこないでいた。
内心焦る次元と五ェ門だったが、手を出すなと不二子に釘を刺された以上、ルパンの傍らで意識が戻るのを待つしかなかった。
「・・・ちっくしょう」
煙草に火を付けたが、苛立ちが抑えきれず地面に叩き付けた。
次元は五ェ門があそこまで冷静でいられる事にも、実は腹を立てていたのだ。
しかし少し考えれば判る事。五ェ門だって本当は正気の沙汰ではなかったのだ。
それを押さえつけて、無理に平静を装っていたのだ。
そうだ。誰一人平静ではいられる筈がないんだ・・・。
次元は判ってはいるが、どうしても抑えられず壁を蹴飛ばし、そして殴り、その場に座り込んだ。
「変われるもんなら変わりたいぜ、ルパン・・・」
次元が悶々と苛立ちと戦っている中、不二子は約束の期日に向けて、ひたすら銃を打ち込んでいた。
昔の感を取り戻すために、確実に奴をしとめるために・・・。
万全な策は無いが、不二子にはある勝因がある、と確信していた。
「日の浅い奴なら、当然あの事は知らないはず・・・」
薄っすらと笑みを浮かべ、不二子はガーターに銃を忍ばせ、あの時着ていた・・・
そう、ルパンが撃たれた時に着ていたドレスを纏って約束の場所へ向かった。
AM2:00
某ブランドパーティー会場跡地。
不二子は躊躇う事無く会場の真ん中に姿を現した。
「いるんでしょ?ジャンキー・カシス!!」
すると奥の扉から金髪で長髪の男・・・ジャンキー・カシスが現れた。
「これはこれは。貴方の様な貴婦人からデートの誘いを受けるなんて、このカシス、身に余る光栄・・・」
そう言うとカシスは不二子に跪き、手の甲にキスをした。
「あら。若いのにちゃんと礼儀を知っているのね?感心したわ」
不二子は殺意を殺したまなざしで優しく言った。
「貴方の様な貴婦人に、この様なドレスは似合わない・・・。私が一枚用意いたしましょう」
「あら、嬉しいわ。でも私、このドレスがひどく気に入っているのよ。申し訳ないけど辞退させて頂くわ。」
「なんと・・・」
不二子は一歩下がり、ドレスを見せびらかす様にクルリと回って見せた。
「このドレス、忘れたわけじゃないでしょうね?」
カシスは首を捻り少し考えて首を横に振った。
「貴方のような美人を、人目見たら忘れないはず・・・」
不二子はフフフ、と笑いながらもう一周してみせた。
「本当に覚えていないのね?あの夜の事を・・・」
広がるドレスの裾からチラリと不二子のブローニングが見えた。
「まさか、あの時・・・」
次の瞬間だった。
カシスの言葉を聞いたか否かのうちに・・・不二子のブローニングが火を噴いた。
カシスの眉間には風穴が開いた。
「あの時の・・・ルパンの・・・おん・・・な・・・」
そう言いながらカシスはバタンと倒れ落ちた。
「自分の狙った女の顔ぐらい、覚えておくものよ。そして、もっと裏のお勉強をしてからいらっしゃい、坊や」
不二子は一筋涙を流した後、その場から姿を消した。
不二子の言っていたあの事・・・つまり不二子の過去の仕事の事を知らないと踏んだ不二子は、
正々堂々、真っ向正面から奴を撃ち抜こうと決めていた。
例え相打ちになろうとも、その覚悟は出来ていた。
そしてルパンが撃たれた時のドレスは、自分の死に装束と決めて勝負に挑んだのだ。
読みは当たり不二子が難なく勝ったのだが・・・不二子の胸には表現し難い感情が消えずにいた。
「ルパン、借りは返したわ。後は貴方が戻ってくる番よ・・・」
不二子の勝負が付いたのを何かで感じたのだろうか。
ルパンが意識を戻した。
「あれ・・・今、不二子ちゃんが泣いてた・・・」
うつらうつら眠りそうになっていた次元と五ェ門が目を覚ました。
「ルパン!」
「ルパン!お主、ようやく目を覚ましたのか!」
喜ぶ次元と五ェ門を他所に、ルパンは不二子の姿を探した。
「・・・不二子ちゃんは・・・?」
「不二子は・・・一寸・・・」
「・・・誰かとデートだったりして・・・」
次元と五ェ門は目を合わせ、言い難そうに一言言った。
「・・・BINGO・・・」
ルパンはその言葉を聞くと、さっき意識が戻ったとは思えない勢いで立ち上がり、
病室のドアを蹴破った。
「ふ〜じこちゃ〜ん!!」
一歩病室を飛び出たルパンの足元に、真っ赤な薔薇の花束と、一枚のメモが置いてあった。
「うう!不二子ちゃん!やっぱり来てくれたのね〜!」
感激に咽び泣くルパンの横から次元がメモを取り上げて読んだ。
「・・・ふ、不二子らしいや」
ほころぶ次元を見て、
「何?ラブレター?」
と小躍りするルパン。
しかし次元が手渡したメモの中身は・・・
「・・・ドレスの・・・請求書?」
一瞬の間をおいて、三人は大笑いした。
「確かに不二子ちゃんらしいわ!」
そんな姿を廊下の隅から見て、不二子はまた、何処かへと姿を消した。
「借りはちゃーんと、返してもらうからね、ル・パ・ン♪」
と、一言残して・・・。
FIN
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