L.Aの宝石


『元旦にユニバーサル・スタジオにある、マリリン・モンローのポスターを頂戴する   ルパン三世』
 
 じぃっとその紙を眺めていた銭形警部は、手近にいた部下を呼んだ。
「ちょっと聞きたいんだが・・」
「はっ、なんでしょう」
「この、ユニバーサル・スタジオとかにある、この女優のポスターってのは、何枚ぐらいあるんだ?」
「え・・っと・・さぁ・・・調べますか?」
「いや、いい」
 部下たちが固唾を呑んで見守る中、銭形警部は、おもむろに引き出しからはさみを取り出した。
 
 ちょきちょきちょき・・・・
 
 ピロロローンッ
 
 横に伸び続けるそれは、人類皆兄弟。
 見事な紙きりの技であった。
 
 おおっっっ

 刑事部屋にいた全員から拍手が巻き起こる。
 銭形警部はにこやかに、それを抑えると、その紙をゴミ箱に放り投げた。

「えっ・・・?け、警部?」
 それがなんだか知っていた部下があせるが、銭形はちらりと眺めただけで、再び机に向かって、報告書を書き始めた。
「い、いいんですか」
「いいんだ、ほっとけ」
 
 
 次の日。
 
『ユニバーサル・スタジオにある、スティーブ・マックイーンのプロマイドを頂戴する    ルパン三世』
 
「・・・これは、いくらぐらいするものなんだ?」
「・・た、多分、一枚、300円ぐらいかと・・・」
「ふーん・・」
 じっと見つめていた銭形警部は、椅子のまま、つーっと移動していく。
 そして、そのまま、シュレッダーに、紙を入れると、また戻ってきた。
「け・・警部・・」
「ほっとけ」
 
 翌日も、さらにその翌日も、毎日毎日、ルパンからの予告状が届いた。
 
「ジェームズ・ディーンのペンってのは何本あるんだ?」
「さ、さあ・・」
 
「オードリー・ヘップバーンのはがきってのはいくらするんだ?」
「さ、さあ・・・」
 
「スピルバーグの台本ってのは、何冊あるんだ?」
「さ、さあ・・」
 
 答えられない質問を毎度される部下のほうこそ、いい迷惑である。
 そして、そんな質問をした後に、警部は、その紙をごみくずにする。
 
「一体、なんなんでしょうね・・・ルパンのやつ・・・」
「気にするな。ほっとけ」
 
 だが、ほっとけない人がいた。
 署長である。
 署内でこそこそと話されている、ルパンからの予告状。
 その存在を署長だけは、教えてもらえなかった。
 本来、そういう重要書類は署長に直接届くべきものであるが、ルパンに関するものだけは、銭形に直接届くようなシステムが成り立っている。
 銭形が握りつぶしてしまえば、署長のところまでは届かないのだ。
 そこで、署長は、銭形警部を呼び出した。
 警部はのんびりといつもどおりにやってきた。
 
「お呼びですか?」
「ああ・・・その、君」
 
 咳払いひとつ。
 
「ルパンからの予告状が来ているというのは、本当かね?」
「うそです」
 
 きっぱり
 
「う・・うそって・・・」
「そんなこと、私は知りません」
 
 はっきりと、銭形は断言する。
 
「い、いや・・しかし・・・きていると・・うわさで・・・」
「署長。私はルパンを追って、3億5千872万年、年中無休で働いております」
「あ・・」
 
 それって、アメーバーにまでさかのぼんのか?
 
「ルパンに関しては、私は、誰よりもよく知っていると自負しています」
「ああ・・そ、そうだろうな」
「毎日のルパンの食生活から下着の柄まで、私にわからないことはありません」
「は、はぁ」
「その私が、知らないといっているのです。間違いありません」
 
 ずいっ・・
 
 銭形が自信たっぷり、迫力たっぷりに断言する。
 署長はその言葉に思わずうなずきかける。
 そのとき、窓から紙飛行機が入ってきた。
 それを取って、銭形が中を開く。
 
『ビビアン・リーの写真集を頂戴する  ルパン三世』
 
 じぃぃっと銭形はその紙を見つめた。
 署長も見つめた。
 銭形は、静かにその紙を折りたたむと、入ってきた窓から、紙飛行機にして飛ばした。
 風に乗って、よく飛んでいく。
 
「私は知りません」
 
 きっぱりと銭形は断言した。
 署長の肩がプルプルと震えた。
 
「お、おまえなー!!!!」
「いや、署長。今度の正月、私は休暇をとっているんですよ」
 
 締め上げられた首をさすりながら、銭形は署長の前に立っていた。
 直立不動。
 
「それが、どうした」
「ですから、今回は私は抜きで、お願いします」
 
 カパッ
 署長の口が開いた。
 開いたまま、閉じられなくなった。
 しばらく、その状態を眺めていた銭形は、その口に、そっと、花を入れてみた。
 見事な花瓶が出来上がった。
 殺風景な部屋が、華麗に変身した。
 劇的口間ビフォアー・アフター
 
「ふむふむ」
 
 銭形は満足げにうなずくと、部屋から出ようとした。
 
「待たんかっー!」
 
「・・・君は、ルパンの専属捜査員のはずだ」
「はい」
「なのに、ルパンからの予告状が来ているというのに、休暇をとるというのかね」
「はい」
 
 きっぱり
 
 銭形は断言した。
 
「・・・・君・・・い、いつもなら、何をおいてもルパンではないのかね」
「いや・・・実は今度の正月は女房と旅行に行く予定でして」
「は?」
「結婚して、早何年。今まで、女房と旅行になど行ったこともなくて」
 
 銭形がてれたように頭をかく。
 署長の口が、また、徐々に開きだしていた。
 
「総務から、休暇を取れといわれたこともありまして、今年は休んで、女房と二人、温泉でしっぽりと・・・」
 
 銭形が赤くなりながら、体をくねらせる。
 不気味なダンスを見せられ、署長の口から、別のものがあふれそうになった。
 
「し、しかし、君は、いつもなら、ルパンが優先・・・」
「ハイ。ですが、それもこれも私を支えてくれる女房あってのこと」
「はぁ」
「ルパンを捕まえるのは私のライフワークではありますが、ルパンが私の飯を作ってくれるわけでも、服にアイロンをかけてくれるわけでもありません」
 
 銭形の食事を作ってるのは、食堂のまかないのおばさんでる。
 そしてその服にアイロンがかかっていたとは初めて知ったことである。
 
「やっぱりここは、一度ぐらい、女房を喜ばせてやらんとと・・」
 
 ニコニコと笑い、銭形はうなずいた。
 署長は何もいえなかった。
 言いたくても、あごが外れていた。
 
「では、失礼します」
 
 びしっと敬礼をして、銭形は部屋を出て行った。
 署長はそのまま、一日過ごすこととなった。
 誰か、助けてやれよ・・・・
 
 
 銭形警部は、毎日きちんと書類をかたずけている。
 世界中をルパンを追っていたために、たまっていた報告書の類を必死でかたずける。
 
「・・・・これ、なんにつかったか、覚えてるか?」
「・・・・すみません・・・5年も前の、300円の使用は、覚えてません」
「じゃ、こっちは?」
「消費税が導入される前のなんて・・・」
 
 しくしく・・
 そんな昔の報告書がたまっているなんて・・
 だが、そんなことをしながらも、部下たちは、旅行のガイドブックを参照する。
 
「ここ、露天風呂だそうですよ、混浴の」
「わし、一人ならいくんだけが・・・女房が一緒じゃ・・」
「まずいっすか?」
「うむ・・お、ここはイセエビの踊り食いがついてるな」
「でも、高いですよ」
「ふーむ・・・こっちは、しゃぶしゃぶか」
 
 和気藹々の銭形部隊。
 それを署長は、柱の影から、そっと覗いていた。
 総務に行って、銭形の休暇届を取り消してくれと頼んだら、拒否されたのだ。
 何でも、銭形の休暇は、156231日分もたまっているらしい。
 とっくの昔に労働基準法は無視されているため、このままで行くと、オンブズマンにすっぱ抜かれる可能性があるそうだ。
 ついでに言うなら、今回は、銭形部隊全員が同時に休暇を取っている。
 銭形部隊慰安旅行らしい。
 そして、それにより、消化しなければいけない休暇日数が、ずいぶんと減るらしい。
 総務としては、絶対に休暇をとってもらわなければいけない。
 というわけで、署長の命令は無視された。
 
 困った・・・
 
 ルパン逮捕というのは、出来ないというのが署長の中では前提としてある。
 つまり、失敗するときに、責任を取る人物が必要なのだ。
 それは自分以外の人でなければいけない。
 その点、銭形と言う人物はとても有能だった。
 責任を取ってしかるべき立場にいる上、それだけの度量もある。
 寸前までは、ルパンを追い詰めることも出来る。
 それが今回は抜けるという。
 ということは、失敗したとき、責任を取るのは自分ということになる。
 
 困った・・・
 困った・・・
 困った・・・
 
「・・・あれは何だ?」
「多分、署長です」
「・・・俺はてっきり、ちび○ろサンボのトラかと思った・・・」
 
 ぐるぐるぐるぐる
 
 柱を回り続ける署長であった。
 でも、できるのは、バターではなくて、ラードであるのは間違いない。
 
「でだな、銭形君」
「・・・前置きがさっぱりわかりません」
「いや、君の休暇の件だが」
「ああ、いま、旅行先は別府にしようかと思ってるところです」
「その行き先をロスに変更して欲しい」
「いやです」
 
 きっぱり
 
「いや・・」
「高いです。困ります。私はそんなに給料をもらってません」
「その、旅行費用を警察でもとうじゃないか」
「・・・女房の分までですか?」
「無論」
 
 官僚の接待を一度やめれば済む話である。
 
「部下たちの分もですか?」
「うむ」
「部下たちの家族の分もですか?」
「・・・・・うむ」
 
 しょうがない、天下り役員の首でも、二、三人切るか・・・
 
「・・・それなら、考えます」
「うむ、ただし、休暇は、31日の15時までにして欲しい」
「なぜですか?」
「その後は、そのまま、ルパン逮捕に向かって欲しい」
「はあ・・だから、ロスなんですね」
「そうだ。いいだろう、ユニバーサル・スタジオもいけるし、ロスの夜景も見れる」
「・・・それって、仕事じゃないですか」
 
 ロスの夜景を見ながら、警備体制を考えて、ユニバーサル・スタジオで、ルパンの逮捕。
 仕事である。
 
「出来れば、コタツでみかんを食べながら除夜の鐘を聞きたかったんですが」
「リトル・トーキョーにその場を作っておく」
「仕方ないですね」
 
 銭形部隊の慰安旅行は、ロスに決まった。
 
 
 ヘリが、ロスの上空を旋回する。
 目前に広がる、地上の星々。
 そして、天空に広がる、色とりどりの宝石。
 手に出来ないそれぞれが、ヘリの窓から瞬いている。
 
「すてきねぇ・・・」
 うっとりとした声で、銭形の隣に座った妻が声をかける。
「そうだな・・」
 
 ヘリに乗るのはいつも仕事だった。こんなに落ち着いて、景色を見ることなど、初めてだ。
 空はこんなに綺麗なものだったんだな・・・
 
 そんなことを考えながら、外を見ていた。
 その体に、隣にいた妻が体をもたれかかる。
 
「何を考えているの?」
「あのうちの一つでもお前にやれたらな・・とおもってな」
「まぁ・・」
 
 てれたように笑う妻。
 大きく傾ぐヘリ。
 
「すまんな、安月給で」
「いいの・・・あなたからのプレゼントなんて、何十年ぶりかしら」
 
 妻の手に光るのは、まがい物のダイヤの指輪。
 それでも、本物にみえるほど出来がいいので、結構な値段がした。
 銭形が必死で選んだプレゼントである。
 
「私のことを忘れないでいてくれるだけでうれしいもの」
 
 そういって笑う妻を、銭形はぎゅっと引き寄せた。
 
「お前が・・誰よりも大事だ」
 
 ヘリが、100メートル、下がった。
 
 
 ヘリの発着所。
 何度か危険な目に合いながら、ヘリは無事、到着した。
 
「明日は・・・もう休暇じゃないのね」
「15時までは時間がある。どっか、観光に行こう」
「どうせ、ユニバーサル・スタジオじゃないの?」
「・・・・ジェラシック・パークはいいらしいぞ」
 
 そんなことをいいながら、ヘリから降りる。
 
「あ、ちょっと待っててくれ、操縦者に礼を言ってくる」
「はい」
 
 くすくすと妻が笑う。
 銭形は、ゆっくりと操縦席に近づいた。
 ヘルメットをかぶった操縦者は、銭形のことを見て、軽く礼をした。
 
「・・・で?お前の本当の狙いは何だ?」
「銭さんの奥さん」
 
 ばきっ
 
「いってぇ・・・なにも、本気で殴ることないじゃん」
「うるさい。わしの妻に手を出そうなんぞ、4億3298万年早い」
「・・・・そのころには弥勒菩薩が地上にいそうだね」
 
 ルパンはヘルメットをはずしながら、にやりと笑った。
 銭形もそれを見て、にやりとした。
 
「やっぱりな・・」
「ふふん、よかったじゃん。楽しい正月が過ごせそうで」
「お前を逮捕できれば、もっと楽しい正月が過ごせんだがな」
「怖い怖い」
 
 ルパンは軽く肩をすくめた。
 
「ま、俺様が何を狙っているか、案外気づいてんじゃないの?」
「・・・あの、予告状の人物名だな」
「そう。わかってて捨ててたんだね」
「ああ」
 
 毎日届けられていた予告状。
 名前だけを集めると、ある一族の家族の名前になる。
 その一族の住んでいるところが、このロスだった。
 
「それじゃ、元旦に」
「ああ・・・女房の顔を見ながら、おとそが飲めるようにするよ」
「ん?」
「お前を牢屋にぶち込んでな」
 
 にやっ・・と笑った銭形に、ルパンも笑いかけた。
 そして、プロペラが回転を始める。
 
「どこに行く?」
「あの星を盗りにさ。銭さんの奥さんにプレゼントしてやるよ」
 
 ふわりとヘリが宙に上がる。
 そのまま、上空で、二回、旋回すると、はるかかなたに消えていく。
 
「・・・ねぇ、あなた」
「ん?」
 
 いつの間にか、隣に来ていた妻が銭形に声をかける。
 
「これ・・・なんだか・・少し違うみたい・・」
 
 プレゼントの指輪。
 まがい物のダイヤの輝きが変わっていた。
 
「・・・いいんだ、もらっとけ」
「まさか・・・」

 いつのまにか・・・
 ルパンがすり替えたのだろう。
 ホンモノのダイヤに。
 
「いままで、やつの所為で減棒になった分だ」
「・・それじゃあ、安すぎるわ」
 
 どこかでヘリが爆発する音がした。

「・・・・・」
「お正月、あなたと過ごしたかったんだもの・・・」
 
さすが銭形の妻、只者ではなかった。
 
 
終わり・・
 



written by なーなー
illustration えっちょん!

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