ダブル


 その日、約束の時間に五右衛門は、少々遅れた。
 ホテルのチェック・インは済んだのだろうか・・・
 フロントに行くと、伝えられていた偽名を告げる。
「シャーロック・ホームズで予約してあると思うのだが・・・」
 フロント係は、引きつったような表情で、五右衛門を見た。
 だから、こんな名前はやめておけといったのに・・・・
 五右衛門はため息をついた。
 フロント係はうろたえたように、何か電話をしている。
「・・その・・・連れは来ていないのか?」
「あ、いえ・・・その・・・あの・・・・」
 困ったように告げるのに、五右衛門は首をかしげた。
「・・申し訳ありません。今、ご案内いたします」
 後ろから、どうやら支配人らしい人物が現れた。
 腰の低い、その支配人は、五右衛門に丁重に礼をすると、先頭になって歩き出した。
 だが、指先が震えているし、顔色も悪い。
 一体・・・何が・・・
 五右衛門も緊張した。
「何かあったのか?」
「いえ・・その、当方の手違いでして」
「は?」
「申し訳ないのですが、シングルのお部屋が取れませんで」
「はぁ・・・」
「かわりに、ダブルのお部屋を二つ、用意させていただいたのですが・・」
「だぶる?」
「はい・・」
 
 チーン
 
 エレベーターが止まった。
 豪華なホテルの中でも、特にいい部屋のある階である。
 だが、その廊下に足を踏み入れた瞬間、五右衛門は緊張した。
 おどろおどろしい雰囲気に満ちている。
 殺気が漂う。
 黒いおどろ線が見えるようなそのフロア。
 五右衛門は思わず、剣に手をかけた。
 支配人は、震えながら、歩き出す。
「こ・・・こちらです」
 周りに注意しながら、五右衛門は歩き出す。
 静かである。
 何の物音もしない。
 だんだんと殺気が強くなっていく。
 知らず知らずのうちに、五右衛門の額にも汗が光っていた。
 張りつめた糸のように緊張する。
 濃い不気味な雰囲気の漂う部屋の前に来た。
 
 間違いない・・・ここだ・・・・
 
 ごくり・・
 
 五右衛門は、剣に手をかけたまま、じっとしていた。
 支配人が、額をぐっしょりとぬれたハンカチで拭いている。
 
「ど、どうぞ・・」
 
 カチャ
 
 扉を開けた。
 
「じゃーんけーん」
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 
「ぽいっ」
「うっしゃあ、俺の勝ちっ!」
「ち、ちょっと待て、今のは、あとだしだろうがっ」
「そんなことないもーん」
「ふざけてんじゃねぇっ!!!」
 
 脱力・・・
 
「あら、五右衛門、遅かったわね」

 窓に近いテーブルで、椅子に腰掛けていた不二子が声をかけてきた。
 のんびりとウェルカム・ドリンクなんかを飲んでいる。
「ああ・・あれは一体なんだ?」
 飛んできた、ライトの破片をよけながら、問いかける。
 不二子はにっこりと笑って答えた。
「あら、聞かなかった?部屋がダブルだって」
「いや、それは聞いた。だが、それが何の関係が?」
「ベットは二つ。男三人、女一人。どういう部屋割りにするつもり?」
 
 不二子がゆっくりと足を組みかえる。
 短いスカートから、白い太ももが覗く。
 
 ごくり・・・
 
 じゃんけんをやめて見入る二人。
 
「うっしゃあ、リーチだ、リーチ」
「くそぅ・・・ようしっっっ」
 
 さらに白熱する二人。
 
「じゃんけーん」
「ぽん」
 
 グー、チョキ、パー・・・・・・


「・・・一本、手が増えてるぞ、おい」
「・・・五右衛門ちゃん・・・」
「いや・・その・・」
 
 こほっと咳払いひとつ。
 
「やはり、拙者も、仲間ゆえ・・」
「お前、女が苦手だろーが」
「それ行ったら、お前も、女嫌いでしょ」
「うるせぇ、お前と不二子、おんなじ部屋にしたら、危なくてしょうがねぇんだ」
「なにがよ」
「いろいろだ、いろいろ。てめーが身包みはがされんのが、かわいそうだと思ってんだよ、俺は」
「そ、その通りだ、ルパン。拙者も、その危険が」
「何いってんだ、このむっつり助平の二乗野郎ども」
 
 むうっっっっ
 
 三人がにらみ合う。
 背後で炎が舞い上がる。
 次元のタバコがカーテンに接触していた。
 
「ねぇ、支配人さん」
「は」
「ここって、美容院、あるわよね」
「ハイ、地下に入っておりますが」
「ちょっと、髪をセットしたいの、呼んでもらえる?」
「はい」
「ああ、ついでに、ペディキュアもお願い」
 
 すらりとした足が、長く伸ばされる。
 
 黒・・・・
 
 三人の闘いが白熱したことは言うまでもない。
 
「よぉーし、じゃ、はじめっからだぞ、いいな」
「え、ち、ちょっと待ってよ、俺、リーチだったんだよ」
「うるせぇ、五右衛門が入ったんだ、心機一転、やり直しに決まってんだろーがっ」
「そんなぁ・・」
「いや、それが、正しいと思う。では、はじめようではないか」
 
 緊迫した空気が流れる。
 互いに手の内を読みあい、にらみ合う。
 
「ねぇ、支配人さん」
「は、はい」
「ここって、ショッピング街があったわよね?」
「はい」
「シャネルは入ってるかしら?」
「ハイ、シャネルとディオールが入ってますが」
「パーティ用のドレスが欲しいの、デザイナーさんを呼んでくださる?」
 
 綺麗に塗られた爪に息を吹きかけながら、不二子が言う。
「アン、試着室はないのよね・・いいわ、ここで」
 ふわりと、ミニのドレスが下に落ちる。
 
「ぬおおおおっっっ」
「お、お前、その手は何だ、それは」
「これは、石川家に伝わる、じゃんけん必勝の・・」
「ふざけてんじゃねぇっっ」
 
 羽の舞う中、不二子は優雅にドレスを着替える。
 
「ああ・・・布団が・・・枕が・・・」
 支配人が、意識に羽が生える。
 ふわふわとどこかに飛んでいきそうになるのを必死で押さえる。
 
「ねぇ、支配人さん」
「は、はい」
「私、おなかがすいたわ。何か、ルームサービス、取れるかしら」
「ハイ・・・メニューはこちらに・・」
 
 悲しきさがのホテルマン。
 にこやかな笑みさえ浮かべつつ、メニューを差し出す。
 
「てんめぇーっ、また後出ししやがってっ」
「してないよっ、自分が負けたからって、人を悪者にすんなよなーっ」
「うるせぇ、やり直しだ、やり直し」
 
 わめく次元。
 口だけでは物足りず、銃までわめかせる。
 口数の少ない五右衛門。
 だが、その剣だけは雄弁である。
 そして、その二人に挟まれて、ルパンはとりあえず逃げる。
 壁に張り付いて逃げていく姿は、スパイダーマンである。
 
 現在、ホテルのボーイたちは大忙しである。
 泊り客の安全確保に努めている。
 
「押さないでください。こちらが非常階段です」
「大丈夫です。決して、怪獣ではありません。ゴジラではありません」
「エレベーターはまだ、動いています。いまのうちに避難してください」
「写真はだめです。一枚、1000円です」
 
「この、鴨のロースト、おいしいわ」
「ありがとうございます。当ホテル自慢の一品で」
 
 シェフがにこやかに、お辞儀をする。
 もはや、これしか料理がないのだから、一品であることは間違いない。
 
「白ワインはあるかしら?」
「申し訳ありません。ワインセラーは、陥没しました」
「あら、残念ね。じゃあ、コーヒーが欲しいわ」
「申し訳ありません。喫茶のほうも・・・」
「ないの?」
「・・・もし、これからですと、豆を取ってくるところからはじめませんと・・」
「いいわ、それでお願い」
「は、はぁ・・・」
 
 にっこりと不二子が微笑み、足を組みかえる。先ほどよりもミニになったドレス。
 下着も黒から、白に変わっている。
 
 ボーイの一人が取り急ぎ、ブラジルに向かう。
 
「私、キリマンジェロがいいわ」
「はい・・」
 
「静かにしろ、いまから、この機は、ブラジルではなく、キリマンジェロに向かえ」
 
 この日のトップニュースは、飛行機のハイジャック事件であった。
 
 

「うっしっっ、かったぁぁぁぁぁ」
 
 結果がでたのは、それから、五時間後のことであった。
 とりあえず、同日中に結果が出たのは、よしとしよう。
 
「んじゃ、不二子ちゃーん、俺と同室ねぇぇ」
 
 死闘のすんだ後の、三人はぼろぼろであった。
 だが、それでも、勝った当人だけは、元気である。
 負けた二人は、がっくりと肩を落とし、その場にうずくまる。
 
「・・あれ?不二子ちゃんは?」
「・・・先ほど、お知り合いの方が見えまして・・」
 
 支配人が、それでも慇懃無礼に答える。
 ずたぼろになった服の中、蝶ネクタイだけがピンとしている。
 
「その方のお屋敷に泊まられるとかで・・」
「え・・・」
「くっくっく・・・しょうがねぇなぁ、ルパン」
「そうだな・・・仕方がない。ダブルの部屋はおぬし一人で使え」
 
 二人は愉快そうに笑った。
 むすっとした顔で立ちすくむルパン。
 
「申し訳ありませんが・・・お客様」
「ん?」
「当ホテル・・・すでに崩壊いたしました」
「・・・・」
 
 ひゅるるるるるるるる
 
 瓦礫の山に三人、いや、四人は立っていた。
 
「申し訳ありませんが、お部屋のほうはご用意できそうもありません」
 
 そりゃ、そうだ。
 
「ですが、こうなったのも、当ホテルの責任ということで、別のホテルにお部屋を用意させていただきました」
「あ・・あ、そう」
「ハイ・・・ただし、こちらもダブルが二つでして・・」
「あ、いや、いいよ、それで。三人だし・・」
「そうだな」
「誰と同じ部屋でも文句は言わぬ」
「はぁ・・そうですか・・・実は、もうお一方、泊めて欲しいとおっしゃる方がいまして・・・その方と同室をお願いしたいのですが」
 
 支配人が指差したところにいたのは、にっこり笑った銭形だったりするわけで・・・
 
「・・・・・・」
「五右衛門・・・・誰と一緒でもいいんだよね・・・」
「い、いや・・・そ、それは言葉のあやで・・・」
「あ、そうだな、じゃ、俺とルパンが同室でいいってことで」
「ま、まてっ!ここは公平にじゃんけんといこうではないか」
「おまい、いま、文句いわねぇっていったじゃねぇかっ」
「うるさいうるさいうるさーいっ!!一番負けた人物が、銭形殿と同室だっ」
 
「じゃんーけーん・・・」
 
 
 
 
 そんなことやってないで、早く逃げろよ・・・・・
 
 
 
 
終わり
 

written by なーなー
illustration えっちょん!

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