「−・・・いけねぇなあ。」
予期せぬ男の出現に、階段を下りようとしていた女は足を止めた。
「あら?あなたがそんな風に言うなんて意外だわ。」
全く予想外だった。まさかルパンが此処に居ようとは・・・。
某大手宝石店。
不二子はそこに密輸された宝石の横取りを計画した。
いつもならルパンに話を持ちかけるところだが、今回はもうひと計画企てたのだった。
ルパンは確かに超一流の泥棒だ。しかし、ルパンが動くと必ず敏腕警部が出動して来る。
銭形警部が居なかったら、どれほど仕事がラクだろう。
邪魔な警部には会いたくない。
かと言って確実にお宝を手に入れられる実力の持ち主でなければ、組む意味が無い。
そこで不二子が目をつけた一人の男。
この男なら・・・。彼の銃の腕前は天下一品だ。
天才であるルパンの傍にいるから気づかれていないが、
盗みの腕前だってなかなかのものなのだ。
考えてみれば、お宝を独占するにはこの男を利用する方が、
ルパンを出し抜くよりも確実かも知れない。
そう考え至った時、不二子は計画を実行したのだった。
不二子は静かに腕を組むと、壁に背中を預けた。
踊り場に立つルパンは、懐からタバコを取り出すと1本咥え、
少し背中を丸めて火をつけた。
「確か、お宝は二人で山分けだったハズだ。
出し抜いて、独り占めたぁ、いけねぇなあ。」
「裏切りは女のアクセサリーじゃなかったかしら?
女は裏切ってこそ女なのよ。」
「勿論。俺は今でもそう思ってるさ。
特におまえのアクセサリーは趣味がいい。
誰よりも魅力的な女に仕立ててしまうほどにな。」
「だが。」
細く吐き出された紫煙がゆっくりと流れてゆく。
「裏切った相手がいただけねぇな。
あいつは俺と違って、女ってやつに夢を抱きすぎてる男だ。
そいつを騙しちゃあいけねぇ。」
「私がどういう女なのか、彼だってよく分っていたはずよ。」
「そうだ。おまえが油断ならない女だって事も・・・
女に裏切りはつきものだって事も、あいつはよ〜く知っている。
だがな。それでもあいつは心の何処かで信用しちまう。
もしかしたらに賭けてしまう。
そういう男を騙すのはフェアじゃない。」
フェア。泥棒の辞書には到底あるはずもない言葉をわざと選ぶと、
静かな視線を女に向けた。
ルパン三世。
この男の不機嫌の表し方は二通りあった。
一つは感情を顕にして、悪態をつき即行動に移す場合。
もう一つは、まるで無感情であるかのように静かに構える場合。
後者の方が遥かに不快度は高いのだ。
ルパンと知り合って数年、不二子にもこの頃やっとそれが分って来た。
自分が裏切られたどの時にも見せなかった不快感を、
相棒を出し抜かれた今、こうして表しているのだ。
不二子は小さく息を呑んだ。
それは恐怖からではない。
不二子は今までこんなコンビを見たことは無かった。
大抵複数の場合、リーダーになる人間とその手下というふうになるものだ。
なのにこの二人の場合は異なっていた。
確かにルパンがリーダーである。が、しかし・・
相棒への信頼の厚さは手下に対するそれとは明らかに違っていた。
口喧嘩なんて日常茶飯事、時には取っ組み合いの喧嘩だってする。
普段は全く波長の違う男達なのに、仕事となるとまるで分身同士のように呼吸が合うのだ。
そして男達の信頼関係は、どんな事を企もうと全く揺らぐ事は無いのだった。
真っ直ぐにルパンに向かうと不二子は尋ねた。
「どうするの、ルパン。私から宝石を取り上げる?
それとも裏切り者に制裁を加えるのかしら?」
「さあなぁ。どうするのかは・・・あいつに訊いてくれ」
親指で指し示すとルパンの口元に笑みがこぼれた。
そして、全てを悟った不二子もまた、知らず微笑するのだった。
「ねえ、ルパン。あなたは私を信じていないの?」
「信じてるさ。不二子は必ず最高のスリルをくれる、
おまえ以上にイイ女はいないって、信じているのさ。」
やがて靴音が響き、トレードマークの帽子を目深に被った男が、
静かに階段の向こうから姿を現した。
- 終 -
written by ちゃか丸
illustration サメダ