Secret in the Moon


 北欧に位置する小さな国の、街外れの小さな一軒家。
 窓の外では爽やかな風が木の葉を揺らし、ちらちらと木漏れ日が煌いている。
少し離れた通りには井戸端会議に花を咲かせる女達の姿。夕方になれば、男達が稼ぎから戻り、温かな家庭に明かりが灯る。
 平和という言葉そのもののような街。それこそ、その一軒家に世界を股に掛ける大怪盗がいるなどとは誰も思いもしないだろう、のどかな街の昼下がりだった。

 ルパンと次元の二人は、一ヶ月ほど前からそのアジトに滞在していた。
五右ェ門はずいぶん前に行き先も告げず修行に出てしまい、それ以来まったく音沙汰なし。不二子もまた同じ頃に別れたまま全くの音沙汰なしだ。
ゆえに、今回久々のシゴトは二人だけになるな と思いながら、次元は机上に広げられている書きかけの盗みの計画案を見遣った。

 この一ヶ月、別に休業しようというわけでもなかったのだが、ろくな獲物の情報がなく、やる気も出ず… と言ってアジトに篭っていたルパンにやる気を出させようと、つい昨日次元が見つけて来てやったのが今回のシゴトだった。
獲物は『クィーン・シルバー・ジュビリー』。
今より半世紀前、とある国で、建国以来初めての女王即位の25年を記念して作られた超希少ウィスキーだ。
様々な会社がラベルやビンなどに工夫したデザインをしているのが特徴でもあるそれは、もう世界に数本残っているかいないかというもの。
もちろん、その酒が最高級の上物であることに間違いはない。
 最初は面倒臭そうに部屋でごろごろしていたルパンだったが、差し出された獲物の写真を見るなり目を輝かせて飛び起きたくらいだから、かなり気に入ったのだろう。
ついさっき、楽しそうに一人で下見に出かけたルパンを思い出すと、一昨日とはえらい違いだと笑わずにはいられなかった。
(今回は、久々にいい思いができそうだな)
 胸ポケットから取り出した獲物の写真を眺め遣りながら、次元も楽しげに口元を吊り上げた。


「おい…なんで不二子がいるんだ」
 あからさまに不機嫌な次元の声に、ルパンはあははと引き攣った笑いを浮かべた。
「いやぁ〜、帰りにばったりどっきりはち合わせっちまってさあ〜。わ〜ざわざオレに会いに来てくれたんだってんだからもう不ゥ二子ちゃんったら、やあっぱオレのこと愛してくれっちゃってたンだよな〜♪」
 肩に回されようとしていたルパンの手をスイとすり抜け、亜麻色の長い髪がふわりと翻った。
艶やかなチェリーピンクの唇がくすりと笑みを刻む。
「やめて頂戴、ルパン。 さっきも言ったでしょ?アタシはアナタにシゴトを持ってきただけ、アナタと愛を語るために来たわけじゃないわ」
「何ィ!? シゴトだと!?」
 不二子の口から飛び出た言葉に、次元は思わず声を荒げた。
しかし不二子は気に留める様子もなく、リビングのソファに腰を下ろしながらあっさり「そうよ」と答える。
「早速だけど、話させて貰ってもいいかしら?」
 そして不二子は、あなたも座りなさいな とばかりに上目遣いでルパンを見上げ、いかにも魅惑的に微笑った。







「気に喰わねぇな」
 不二子の話の途中だったが、次元の放った言葉に場の空気が一瞬固まった。
「そんな大した事ねぇ獲物、よくまあ気に入ったもんだ」
 はっきりと言われて不二子はむっとしたような表情で次元を見、ルパンは あーあ言っちゃった というように軽く額を押さえる。
どうやら今回の獲物は完全に不二子個人のシュミ。随分前にどこぞの美術館から盗まれて行方不明になっていた黄金細工の箱らしい。
古いものではあるが、その細工は現在でもなかなか作れるものじゃないらしく、それなりに価値はあるだろう。
しかしそれでも、とりたてて価値があるわけではないと思われるものだった。見たところ、ルパンもそれほど乗り気じゃなさそうだ。
 それに引き換えこっちは久々に自分好みの獲物。そしてなにより、ルパンだってかなり気に入っていたはずだ。
ルパンが純粋に獲物だけを比べれば自分の持ってきた仕事を選ぶだろう、だが、なにしろ相手が相手。不二子が持ってきた話をルパンがあっさり蹴るとは思えない。
大した物ではなくても、愛しの不二子ちゃんのためなら〜♪なんて言って引き受けてしまうのが大抵だ。
しかし、今回ばかりはみすみす別の獲物に乗り換えられては堪らない。
「ルパンは俺と先約があるんだ。どれだけ気に入ってるんだか知らねぇが、それが終わってからにしてもらおうか」
「あら、アタシは別にアナタに手伝って欲しいなんて思ってないわ。ルパンさえ乗ってくれればいいの」
 次元の言い分をさらりと流し、ねえルパン? と、不二子はちらりとルパンのほうを見遣った。
が、当のルパンは次元と不二子の板挟みになるのを察してか、さりげなく目線を合わせないように顔を背けている。最近だらけていたせいか、険悪な二人の様子を見ているうちにやる気が失せてしまったのかもしれない。
なにせ気分ひとつでシゴトのするしないを決めてしまうルパンだ、ましてや今回は予告状も出していなければ計画だって完全には上がっていない状況で。
 次元は焦った。今ルパンにやる気をなくされては何の意味もない。折角の獲物だというのに。
「とにかく今回は諦めるか後にするかにしな不二子。俺たちの仕事の邪魔だ」
「イヤよ。アナタに言われる筋合いはないでしょ!」
「ふざけるなよ!その程度の獲物で後から来て、あつかましいじゃんねぇのか!?」
「そっちこそ、お酒なんて形に残らないものじゃないの!くだらないわよ!」
「ンだとォ!!?」
 火花を散らしそうな勢いで、次元と不二子は同時にガタン!と立ち上がった。
これには流石にびっくりしたのか、ルパンもぎょっと目を丸くして二人を見上げる。
「おいおい、二人とも落ち着けってぇ。ちょっとオレの話を―――」
「「ルパンは黙ってて!」「お前は黙ってろ!」」
 ケンカの勢いそのままに同時に怒鳴られて、そのあまりの剣幕にルパンは思わずびくりと身を引いた。

(…ったく こいつらはぁ―――)
 盗みに行くはずの当人そっちのけで睨みあう二人に、ルパンはやれやれというように肩をすくめた。





 
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